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右手で描いた暇つぶし  語り部田宮My小説を載せていきます。ただ、それだけだと寂しいので、ぼくが日々感じたことや考えたことを徒然なるままに語りますね。 

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光市母子殺害事件

   ↑  2012/02/23 (木)  カテゴリー: 徒然日記
 どうも田宮です。

 いやー、最高裁のサイト見ててびっくりしました。光市母子殺害事件の判決、やっと出たんですね。やはり、ニュースとか見ていないと、思わぬところで情報を見落としてしまって嫌です。何の話?という方は次の記事が分かりやすいかと思います。
 その前に概要としては、「1999年(平成11年)4月14日の午後2時半頃、当時18歳の少年Aが山口県光市の社宅アパートに強姦目的で押し入った。排水検査を装って居間に侵入した少年Aは、女性を引き倒し馬乗りになって強姦しようとしたが、女性の激しい抵抗を受けたため、女性を殺害した上で強姦の目的を遂げようと決意。頸部を圧迫して窒息死させた。その後少年Aは女性を屍姦し、傍らで泣きやまない娘(生後11カ月)を殺意をもって床にたたきつけるなどした上、首にひもを巻きつけて窒息死させた。そして女性の遺体を押入れに、娘の遺体を天袋にそれぞれ放置し、居間にあった財布を盗んで逃走した。少年Aは盗んだ金品を使ってゲームセンターで遊んだり友達の家に寄るなどしていたが、事件から4日後の1999年(平成11年)4月18日に逮捕された」という事件です(wikiより引用)。
 

山口・光の母子殺害:元少年死刑確定へ 悩み続けた13年間
 ◇「判決に勝者いない」 本村さん、静かな口調
 司法の最終結論は「極刑」だった。山口県光市で99年に起きた母子殺害事件に対する20日の差し戻し上告審判決。死刑と無期懲役で揺れ続け、「犯罪被害者の権利とはなにか」という問題も浮き彫りにした事件は発生から約13年、5度目の判決で終結した。布に包んだ2人の遺影を抱え、目を閉じて判決を聞いた遺族の本村洋さん(35)は「悩み続けた13年間だった。遺族としては満足だが、決して喜びの感情はない。判決に勝者はいない」と語った。【安部拓輝、和田武士】
 「本件上告を棄却する」。午後3時、最高裁第1小法廷に金築誠志裁判長の声が響いた。本村さんは裁判官4人に深く一礼し、隣にいた妻弥生さん(当時23歳)の母親に「長い間、お疲れ様でした」と言葉をかけた。
 その後、東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見。「13年間、この事件に関心を持ってくださったことに感謝しています」。本村さんはそう切り出した。
 少年に立ち直りのチャンスを与えるべきか、命で償ってもらうべきか。ずっと考え続けてきた。この日は「日本では死刑制度がある以上、18歳でも死刑が科される。被害者の数にとらわれず、被告を見極め、悩んで下した判決だったと受け止めたい」と語った。
 判決は、元少年が差し戻し控訴審で一転、殺意を否認したことを「不合理な弁解」と指摘した。本村さんは「反省の情があれば死刑は下らなかった。残念だ。生きてやり直すことは司法が許さなかった。罪をかみしめ、それを乗り越えて受け入れてほしい」と複雑な思いをのぞかせた。
 一連の裁判は優先的な傍聴権や被告への意見陳述権など犯罪被害者遺族の権利向上にも結びついた。一方で、感情をあらわにした言動により「死刑の推進者」などというイメージで語られることに戸惑いもあったという。
 この日の会見では「時間は最良の相談相手。冷静に事件を見つめられるようになった」と振り返った。亡くなった妻と長女に元少年も加え「3人の命を無駄にしないよう、死刑のような判決が出る事件がない社会を実現するにはどうすべきか、考えるきっかけになれば」と訴えた。
 感情を抑えた静かな口調で約1時間。終了に際し、本村さんは09年に入籍し、2人で墓参していることを明かした。「弱い私を支えてくれる素晴らしい人と出会えた。いつまでも下を向いて事件を引きずるのではなく、前を向いて笑って生きていくことも大切だと思っています」。新たな家族との歩みに感謝の思いもみせた。
 ◇「少年の更生否定」 弁護団が声明
 元少年の弁護団は記者会見などは開かず、声明を発表し「3対1」で死刑を支持した最高裁判決を批判した。
 声明では「元少年は逮捕以来13年間、社会から遮断された中で被害者の無念と遺族の憤りを真摯(しんし)に受け止め、反省の日々を送っている。しかし裁判所は被告の姿勢に目を向けようとせず、更生可能性を否定した」と指摘。「元少年は(父親からの)虐待で成長が阻害され、実質的には18歳未満の少年だった。結果がいかに重大でも、未成熟な少年に死刑を科すことはできない」と改めて訴えた。
 第1次上告審段階から、死刑廃止運動のリーダー格として知られる安田好弘弁護士らでつくる弁護団で新たに臨んだ差し戻し審。弁護団は最高裁弁論を欠席し、裁判所が初の「出頭在廷命令」を出す展開に。元少年は殺意否認に転じ、弥生さん殺害は「甘えたい気持ちで抱きついたら抵抗され、体を押さえたら動かなくなった」、夕夏ちゃん殺害も「首にひもを巻き付けたことの記憶がない」といずれも否認し、傷害致死罪にとどまると主張した。
 弥生さんへの強姦(ごうかん)は「復活の儀式」で、夕夏ちゃんの遺体を押し入れに入れたのは「ドラえもんが何とかしてくれるという思いから」と説明した。これに遺族の態度は硬化し差し戻し控訴審判決も「虚偽の弁解をし、死刑回避の事情も見いだせなくなった」と厳しい評価を加えた。
 ◇元教諭「彼の気持ち知りたい」
 「今でも私は本当にあの子がやったのか分からない。これで更生の機会が失われてしまった」。高校3年生の元少年を教えた元教諭の男性(67)は、最高裁判決をそう悔やんだ。
 元少年の「冷めた目」が印象深いという。「何も感じていないという感じの目で、出会ったことがないような目だった」。自分から物事に積極的に取り組むタイプではなかった元少年は一方、授業中にいくつも席が離れている生徒に大きな声で話しかけるなど「場をわきまえずにその時の感情を出したり、かまってほしいという気持ちが出る面もあった」。
 元少年は度々父親から暴力を受けたといわれ、母親は中学1年の時に自殺した。担任だった同僚は元少年を支えようと何度も家庭訪問をしたという。「それでも事件が起きる。量刑は司法が決めることだが、もう少し彼に時間を与え、事件の真相や彼の気持ちを知りたい。可能なら、もう一度事件の解明をやり直してほしい」。元教諭はそう話した。【丹下友紀子、安部拓輝】
 ◇検察関係者「丁寧な判決」
 2審の無期懲役判決に対し広島高検刑事部長として上告に関わった渋谷勇治さん(現公証人)は「不合理な弁解で反省の様子が見られないことや遺族の被害感情などを重視した丁寧な判決だと思う。上告に込めた思いをくみ取ってもらえた」と評価した。
 02年3月、検察は少年事件で異例ともいえる上告に踏み切った。「(最高裁に)無期刑で良いのかを判断してもらいたかった」と振り返る。「何の落ち度もなく幸せだった親子を迷いもなく殺したのは許し難い。(上告には)理屈だけではなく、証拠をみた上での現場感覚もあったと思う」と強調した。【山田奈緒】
 ◇「少年の死刑、廃止を」
 日本弁護士連合会の宇都宮健児会長は「少年事件の特性を考慮しておらず誠に遺憾。政府に改めて犯行時少年に対する死刑を廃止するための抜本的な検討を求める」とする声明を出した。
毎日新聞 2012年2月21日 東京朝刊(毎日jpより引用)


 ちなみに判決の原文はこれです>>光市母子殺害事件判決

 どうにもこの事件は、「死刑を存続すべきか廃止すべきか」という背景的な思惑に振り回された感があります。特に弁護団の中に死刑廃止運動のリーダー格がいるところなどなんとも……。確かに本事件が死刑廃止問題に絡む余地がない訳でもないですが、死刑廃止問題というのはあくまでも政治的議論であって、司法の場にそれを持って来るのは「お門違い」ではないかと、私は思います。司法的には、法律に死刑という刑罰があって、被告人が18歳以上であり、犯罪が重大であるなら、死刑判決を出すことに何の問題もないですから。

 本事件の争点は判決を読めば分かりますが、「死刑が禁止される少年法の18歳未満についての判断は、形式的になされるのか、それとも実質的になされるのか」という点だけかと(少年法51条1項により犯行当時18歳未満だった者に対する死刑は禁止されてます)。先述のとおり、この判決を「死刑は廃止すべきだ」という理由で非難することには正当性がないですし、また量刑に関しては裁判官が一番分かっているでしょうから。
 そしてこの争点につき最高裁ではちょっと意見が割れて、
 1.形式的に判断すべき→18歳程度の精神的成熟度なるものを実質的に判断するとして、果たして、そのような判断を可能にする客観的基準や調査方法が存在しうるのかは疑問→被告人の事情は情状酌量の中で考慮すれば足り、本件被告人は、考慮してもなお死刑に相当する。(多数意見)
 2.実質的に判断すべき→被告人は幼い頃から続く父からの暴力と、中学1年時における母の自殺といった劣悪な生活環境の中での精神形成を余儀なくされ、家裁調査官および鑑定人の報告によれば、被告人の精神的成熟度は著しく低いとの評価がなされている→確かに少年法は形式的基準を設けるに過ぎないが、おそよ少年についての死刑適用を禁止しようとする「北京ルールズ」(法的拘束力はなし)の精神にもとれば、少年法51条1項はできる限り死刑を回避する方向で解釈すべき→被告人の供述態度は誠に残念であり非難に値するが、被告人の精神的成熟度についてより詳細な審理を経てから量刑判断をすべき。(宮川裁判官反対意見)

 うーん、宮川裁判官の言いたいことも少しは分かるのですが、やはり18歳未満か否かという基準を実質的に判断することは少なくとも現時点では不可能ではないでしょうか。たとえば、ある日40代の者が重大な殺人事件を犯したとして、その者の精神的成熟度が実質的に18歳未満だから死刑にできないというのも、何だかよく分からないですし、また、逆にすごく大人びた15歳が殺人事件を犯したとして、この者は実質的に20歳程度の精神的成熟度だから死刑にしてもいいのでしょうか(まあ、宮川裁判官の「できる限り死刑を回避する方向での解釈」からすれば逆パターンは許されないのでしょうが、つーかこの意見はちょっとぐだぐだ言い過ぎで……)。

 ところで、判決文を読むと、弁護団の活動に対する非難が実にありありと見えてきます(笑。実際のところ、弁護団がもし奇をてらわずに被告人の劣悪な生活環境のみを主張していたなら、無期懲役になった可能性は十分にあると思います。なぜ弁護団が途中で殺意を否認したりドラえもんなどの弁護をしたのか分かりませんが、やはり「死刑廃止」という無駄な気負いがあったのかなと邪推します。いずれにしろ、そんな支離滅裂な言い分が誰かを納得させるはずなんてないですから、結果的には最低の弁護でした。

 弁護人というのは、特に刑事事件においては、(冤罪でなければ)犯罪者を庇う訳ですから、みんなから悪く言われるのも当然だと思います。もっとも、たとえ犯罪者であっても、弁護人をつけるという適正な手続を踏むことの重大性が確固としてある以上、弁護人にとってそのような汚れ役はむしろ「誇り」だとすら思いますが。劇の中では、誰もやりたくないような悪役でも、誰かがやらなければ劇は始まらないのです。しかしそのような役割意識を忘れて、自らは善だと錯覚して、被害者や裁判官に敬意を払わなくなってしまった者は、悪役としての「誇り」を失った「大根役者」である、と自戒しておきたい。

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