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右手で描いた暇つぶし  語り部田宮My小説を載せていきます。ただ、それだけだと寂しいので、ぼくが日々感じたことや考えたことを徒然なるままに語りますね。 

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いじめ

   ↑  2012/07/14 (土)  カテゴリー: 徒然日記

 いじめ自殺 なぜ防げない 文科省対策、常に後手

 大津市立皇子山(おうじやま)中学二年の男子生徒=当時(13)=が昨年十月に自殺した事件をめぐり、文部科学省の対応が後手に回っている。いじめ自殺が社会問題化するたびに、文科省はいじめの定義や調査方法を変えたり、緊急対応マニュアルを配ったりしてきたが、悲劇は繰り返されている。今までのやり方で本当に良いのか。自殺した子どもの遺族や学校現場から疑問の声が上がる。 (早川由紀美、加藤文)
 大津の自殺で文科省は、滋賀県教育委員会などを通じ、事実関係の聞き取り調査を始めていた。ところが、滋賀県警が十一日夜、中学校などを捜索したため、調査は事実上、宙に浮いている。
 十二日の定例記者会見で高井美穂副大臣は「県警に加えて文科省が直接聞き取り調査をするのはふさわしくない」と話し、捜査や遺族が学校側に起こした裁判の推移を見守る姿勢を強調した。
 いじめ対策の基礎的データとなる全国調査の方法を、文科省は二回、変更している。最近では北海道滝川市などでいじめ自殺が相次いだ後の二〇〇六年、それまで「継続的な攻撃」などの条件をつけていたいじめの定義を、被害者側が苦痛を感じた場合はいじめと認めるよう変更した。
 報告の対象も「発生件数」ではなく「認知件数」に。文科省が統計上の件数の減少にとらわれていることが、教委の隠蔽(いんぺい)体質につながっているとの批判を受けたためだ。いじめを発見するため、アンケートなどで子どもたちから状況を聞き取ることも求めた。
 しかし、大津市の事件では、いじめが見過ごされたうえ、自殺後のアンケートも、真相究明のために十分に活用されなかった。
 中学在学中のいじめが原因で高校生の娘が自殺した高橋典子さん(54)は「文科省は決まり事をつくるだけで終わっている。学校現場で決まり事が守られているかを責任を持って調べるべきだ」と指摘。「学校側の隠蔽体質が変わらない以上は、第三者による調査機関設置を義務づけるべきだ」と訴える。
 名古屋市の小学校教諭岡崎勝さん(59)は「子どもは以前より親に気を使って、いじめられていることを言わなくなるなど、指導は難しくなり、時間がかかるようになっている」と話す。「国は、言い訳的に事後に何かするよりむしろ、学校現場の困難な状況などを継続的に情報発信して、仕事をしやすい環境をつくってほしい。それが事件を未然に防ぐことにつながる」(東京新聞より引用)



 大津事件について概要を知りたい人は、とりあえずここの<まとめ>を読んでもらいたい。率直なところ、胸糞の悪くなる話である。

 それにしても、引用した記事にもある「いじめ自殺」という言葉に、激しい違和感を感じるのは私だけなのだろうか。この表現はあまりに正確性を欠いていると思う。

 まず「いじめ」と言うが、大津事件のこれは「いじめ」の領域をとうに超えており、「犯罪」と呼ぶ方がずっと自然ではないだろうか。トイレに連れ込まれて殴られる、親の金を盗むよう脅される、口の中に無理矢理ゴミなどを入れられる。これが「犯罪」でないのなら、いったい「犯罪」とは何を意味する言葉なのか、そして「いじめ」とは何を意味する言葉なのか、という気分である。
 私の感覚からすれば、「いじめ」というのはせいぜい、仲間はずれにして無視をしたり、ちょっと小突いたり、陰口を言ったりするくらいの行為であって、相手に故意に怪我を負わせようとする行為などは、とても「いじめ」の範囲に含まれない。そしてこれが、小学・中学・高校を通して過ごす中で、同級生のほとんどが共有していたイメージであったと思う。ただし、大学院の友達と話したときに、それは全然かわいいレベルと言われたので、地域差というものもあるにはある。
 しかしながら、大前提として、「いじめ」は「犯罪」ではないはずである。これを否定して「いじめ」は「犯罪」だと言ってしまうのは(「詐欺」は「犯罪」だと言うように)、「いじめ」を過剰に重く解しているか、「犯罪」を不当に軽く解しているかのいずれかのように思う。「いじめ」が「犯罪」でないとすれば、大津事件の行為(正確に言えば複数の証言からあったと推測されている行為)は、明確に「犯罪」に当たるのだから、「いじめ」と呼ぶことは間違いである。
 なぜこんなことにこだわるかと言うと、言葉の使い方は、知らず知らずのうちに私達のイメージを形作っているからである。つまり、このような行為を「いじめ」と呼ぶことは、私達の眼を曇らせ、物事に対する評価を誤らせる危険を持っている。例えば、「やんちゃな子」と「がさつな子」とでは、聞いた人がその子に抱くイメージがまるで異なる。
 
 次に「自殺」と言うが、自らの意思に基づかないものは、「自殺」と呼べない。極端な例だが、借金取りに何度も殴られ、死んで保険金で借金を払えと脅されて、とうとう首を吊った場合に、これを「自殺」と考える人はまずいないだろう。首を吊った人は自らの手で縄を首に掛けるが、その手を間接的に動かしているのは借金取りである。
 ただし、意思というものは外部からは判然しないものである。ゆえに大津事件の被害者がどのような意思で飛び降りをしたのかは分からないが、そこはある程度客観的な事情から意思を推測しても許されると思う。
 そうすると、私は先ほどから「犯罪」だと言っているが、これだけ苛烈で醜悪な行為を毎日受けたなら、死んで楽になりたいと思っても不合理ではないだろう。だとすれば、自宅マンションから飛び降りたとき、その足を踏み出したのは被害者であるが、それは加害者が被害者の背中を押したのと同等である。
 これを「自殺」と呼ぶことは、「犯罪」を「いじめ」と呼ぶのと同じように、私達の眼を曇らせ、物事に対する評価を誤らせる危険がある。

 だから、引用した記事にある「いじめ自殺」とは、私からすれば「暴行脅迫によって被害者を死に至らしめること」と言うべきなのである。このとき、両者のイメージはまったくの別物である。それでは、大津事件を正確に言い表しているのは、いったいどちらなのであろうか。

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