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右手で描いた暇つぶし  語り部田宮My小説を載せていきます。ただ、それだけだと寂しいので、ぼくが日々感じたことや考えたことを徒然なるままに語りますね。 

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『復讐』とは、自分の運命への決着をつけるためにあるッ!

   ↑  2013/02/17 (日)  カテゴリー: 徒然日記
 私の周りにはJOJOを読んでいる人はあまりいないのであまり話をする機会がないですが、JOJOのストーリーには他の漫画にはない深い部分があるように感じます。
 タイトルに書いたのは、JOJOの読者の間では有名な、6部『ストーンオーシャン』の相棒役であるエルメェスの言葉です。知らない人はこれだけと何のことか理解できないと思うので若干説明を加えます。エルメェスという人には、姉のグロリアがいたのですが、優しいグロリアは、妹であるエルメェスを守るために、街のギャングによる暴行を警察に通報したところ、その見せしめとして、ギャングのトップであるスポーツマックスという男にドブに捨てられて殺されます。それでスポーツマックスは刑務所に送られるのですが、エルメェスは、グロリアの仇を討つために、スポーツマックスがいる刑務所に意図的に送り込まれます。そして、彼女がスポーツマックスを刑務所内で見つけて、復讐を実行しようとしたときに述べた言葉が次のようなものです。

 『復讐』なんかをして、失った姉が戻るわけではないと知ったフウな事を言う者もいるだろう。
 許すことが大切なんだという者もいる。
 だが、自分の肉親をドブに捨てられて、その事を無理矢理忘れて生活するなんて人生は、あたしはまっぴらごめんだし…あたしはその覚悟をして来た!
 『復讐』とは、自分の運命への決着をつけるためにあるッ!


 私はこの言葉には非常に共感するものがあります。私は、自らの幸福のためになされる行動は全て許されていると考えるからです。
 
 しかし、「一般論」としてはどうか。一般論として、「復讐は幸福となる可能性が高いか」ということを考えたとき、私はこれに対して否定すべきと考えています。幸福は限りなく個人的な領域ですから、これを一般論として考えることはそれほどの意味を持たないと私は考えますが、ここでいう「一般論」とは、私の考え得る「人間の平均的な姿」というくらいでイメージしてもらえればと思います。それはみなさんのイメージとそれほど乖離していないのではないかと。

 今私の脳裏をよぎるのは『レオン』という映画のことです。これについても若干の説明を加えると、殺し屋であるレオンは、ある日、家族を皆殺しにされたマチルダという少女を助けるのですが、マチルダは家族を殺した奴らへ復讐するため、レオンに殺しの技術を教えてくれるよう頼みます。しばらくの間マチルダはレオンと、比較的楽しい日々を過ごしますが、結局マチルダはレオンが殺し屋としての仕事に出かけている間に、家族を殺した相手のアジトに1人拳銃を持って出かけます。しかしマチルダは失敗し、またもやレオンに助けられますが、今度は逆に復讐相手から命を狙われ、2人の住むアパートは何人も敵に囲まれます。そこでレオンはマチルダを逃がすことに成功しますが、2人は離ればなれになります。
 
 『レオン』には色々な感想があり得るでしょうが、私がこれを見たときに感じたのは、マチルダは、復讐をしないでレオンとそのまま暮らしていた方がずっと幸福だったはずだ、というものでした。つまり、マチルダにとって、復讐は幸福ではなかった。私は、これが一般的であろうと感じている。レオンもたびたび述べているが、人を殺せば戻れない、人を殺しておいて普通の生活をできるということは、通常あり得ることではない。
 もっと身近な例で考えると、仮に精神異常者が私の家族を皆殺しにしたとして、裁判でも責任無能力者であるために実刑を受けず精神病院に送られることになった場合、どうするだろうか。そいつを殺すかと聞かれたとき、私であれば、殺さないと答える可能性が高い(そもそもこのような仮定は考えるだけで虫酸が走るとしても)。それは、そいつを殺したところで、私の心が満たされることがないということを、私はどこかで知っているからです。
 
 もちろん、それでもなお復讐をすることに「覚悟」を持つのならば、幸福のためにも、それはぜひともそうすべきです。だからこそ、エルメェスの言葉には誰の反論も受け付けない強さがあります。
 しかし、この「覚悟」というものが、どういうものなのか、それが常人に持ち得るものなのかを考えたとき、それは並大抵のものではないと言わざるを得ない。

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