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右手で描いた暇つぶし  語り部田宮My小説を載せていきます。ただ、それだけだと寂しいので、ぼくが日々感じたことや考えたことを徒然なるままに語りますね。 

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国家が人を殺すことはおかしなことか

   ↑  2013/03/01 (金)  カテゴリー: 徒然日記
 穂積陳重『復讐と法律』(岩波文庫)を読んで思う所があったので書いておくことにした。

 死刑廃止を主張する者曰く、「国家は殺人を禁止している。なれば、当の国家が死刑によって人を殺すということは、甚だ矛盾した態度であって、許されることでない」。
 しかし、これはどうにもおかしいと私には感じられる。もっとも、だからといって「じゃあお前の親や恋人が殺されても同じこと言えるの?」などと言ってみても、話が噛み合っていない。こんな戯言は酸素の無駄。

 論理学の基本において、主張は、根拠→結論という形で成立します。そこで、これに反論しようとする場合は、根拠に誤りがあると述べるか、あるいは、たとえ根拠が正しいとしてもそのような結論を導くべき論理関係が存在しないと述べるかのいずかによって、相手の主張を崩すことができます。
 したがって、先の主張についてみれば、国家は殺人を禁止している(根拠)→国家が人を殺すことは許されない(結論)という形になっていますが、ここでの根拠が正しいことは刑法199条を見れば明らかですから、反論をしようとする私としては、「国家が殺人を禁止したからといって、国家が人を殺すこと、すなわち死刑が許されないということにはならない」ということを、述べる必要があると思います。

 では、なぜそのように述べることができるのか。
 一つ考えていただきたいことは、そもそもなぜ国家は殺人を禁止したのかという点です。
 この点で「殺人は絶対的に許されない悪だから」と答える人もいるでしょうが、私はそう考えてはいません(当ブログ「なぜ人を殺してはいけないか」)。私としてはそうではなくて、殺人を禁止することが、多数を幸福にすべきという国家の機能を果たすために有効であるからだというように考えているのです。
 
 この点については、やはり、歴史的な流れに目を移す必要があります。すなわち、殺人が悪だから禁止されるべきだと言うならば、殺人は全面的に禁止されるべきですが、世界の歴史において、国家は古くから存在していましたものの、国家が殺人を全面的に禁止した歴史は、それに比べて実に浅い。これは日本が最も分かりやすい例ですが、日本においては江戸時代まで「復讐」は美徳とされ、忠臣蔵のような復讐をテーマとした芝居は民衆の間で一番人気でした。
 ちなみに、復讐がいかに原始から必要とされていたかについては、『復讐と法律』に詳しいので引用します。
 「刑法は復讐の進化したものである。それはまたドウいう訳であるかと問うと、彼の名高いダルウィン氏などが申しますに、復讐という感情即ち人から害を受くれば我れまた害を以て報いるということは、特(ひと)り人間のみならず、下等生物もまた人間と等しくその考えを具えているもので、他の動物から害を受くれば必ず怒る。怒るのみならず、同じような害を以てこれに返報しようと思うということでありまする。この復讐の念は、現今文明の社会においては、固より賎しむべきもの嫌うべきものと看做しておりまするが、これは動物が自らその身を全うする性情即ち動物自衛の稟性であります。もし下等生物にして他の動物より攻撃を受ける時に、これを反撃する用意がありません時は、忽(たちま)ち他の動物に蔑ろにされて、竟(つい)にはその生命を失うようになります。人間でも、野蛮時代において、他人に害を加えず、他族を侵さざるのは、復讐を恐れるからであります。もし蛮族にして復讐の念なき時は、忽ち他の種族のために滅ぼされます。実に復讐の念なくんば、野蛮社会は殆ど成立つことが出来ぬくらい大切なものであります。故に未開の世では、復讐を以てこの上なき美徳と致しました」(274頁-275頁)。
 「法治状態にありては、『人を殺す者は国家これを死刑に処す』との法律ある代りに、法治状態以前においては、『人を殺す者は被殺者の親戚これを殺す』との習俗あり。一般人民に対して警告を与うるにおいて、二者相異る所あることなし。故に、復讐は既発の侵害に対しては報復たりといえども、未発の侵害に対しては予防となり、原始的生存競争場裏において、個体及び団体の存続発達に最も必要なる作用に属するものとす。これいずれの社会においても、国権の機関備わり、その作用によりて個人の自衛的制裁を吸収するに至るまでは、復讐を以て美徳とし、君主・父母・兄弟・朋友に対する至大の義務となりとしたる所以なり」(86頁-87頁)。


 そして『復讐と法律』によれば、復讐は、国家が出来てくるにつれて制限されるようになり(義務者の制限、対象者の制限、国家による許可、避難場、代替手段としての金銭による賠償など)、国家権力が統一され司法権が全国にくまなく配置される近代に至ると、復讐は社会の秩序を乱すものとして全面的に禁止されるようになったとされています。結果、復讐と国家による殺人の禁止とは、彼方立てれば此方が立たぬ関係にあるので、現代は国家が全面的に殺人を禁止したことで復讐は完全に許されなくなった、「復讐は悪だ」と錯覚してしまう程に。

 ところで、相手から害を受けたら同等の害を相手に与えるという「復讐」が、もともとは物事の本筋だったということですが、物事の本筋を修正するには、「それなりの正当化」が必要になります。そして、復讐を、殺人の全面的禁止という形で修正するにあたっての「それなりの正当化」とは、国家が復讐者に代わって刑罰を課すという点に求められると思います。国家が復讐を代行するから、社会の秩序のためにも、あなた自身が復讐をすることは許されないということです。『復讐と法律』では、「私力の公権化」と表現されています。

 このように、国家による殺人の禁止は復讐の代行と表裏不可分なのだと考えて来ると、国家が死刑によって人を殺すということは何らおかしなことではなく、むしろ殺人犯に対しては、同害復讐からすれば死刑こそが物事の本筋と考えるべきことになると思います。死刑こそ刑罰の常道なのです。したがって、当初の主張は、物事の本筋を逆さまに捉えている点で多大な過ちを犯していることになります。
 (余談。だから私などは、人を1人殺したのなら、原則として死刑にすることが刑罰の基本であるべきだと考えています。しかし、現実では殺人犯であってもよほどの残酷性がなければ死刑にならないことになっていますし、少年殺人犯は絶対に死刑になったりしません。そこでは「更正させて社会の役に立たせる」という「それなりの正当化」がなされています。しかし私としては、刑罰はまさに殺された被害者本人の復讐のためになされるべきなのであるから、更正などといった社会的利益は「それなりの正当化」として適切でない、と考えるのです。)

 よって、「国家が殺人を禁止したからといって、国家が人を殺すこと、すなわち死刑が許されないということにはならない」。
 
 (なお、初めの主張の論理からすれば懲役刑も国家による監禁となるから許されなくなるから変だと考える人もいるかもしれない。そのような人は、国家は身体の自由などの人権を制限できるが、自由という観念すらできない生命は人権以前の問題となり、絶対的に不可侵であって制限できないので、国家による殺人は特別許されないと考えてもらえばよい。
 この場合は、「生命が絶対的に不可侵であるとは言えない」と根拠を否定する形になる。なぜなら、もし生命が絶対的に不可侵だから国家は国民を死刑にできないとするなら、国家は復讐を代行する資格がない、よって国家は殺人を全面的に禁止することはできないという結論になるが、日本においてこの結論を支持することは甚だ困難だからです。もちろん、復讐を殺人の全面的禁止に修正するにあたっての「それなりの正当化」について、私と違う考えをとる人にとってこの反論は無意味になるが、それは仕方ない。)


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穂積 陳重

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