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右手で描いた暇つぶし  語り部田宮My小説を載せていきます。ただ、それだけだと寂しいので、ぼくが日々感じたことや考えたことを徒然なるままに語りますね。 

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家庭の幸福は諸悪の本で(あって欲しく)ない

   ↑  2013/03/05 (火)  カテゴリー: 徒然日記
 「愛国心」はこの世でもっとも美しい「徳」だ
 子を守るため命をかけるのは動物も同じだが
 国の誇りのため命をかける事が
 家族を守る事につながると考えるのは
 「人間の気高さ」だけだ……

 狂信者とはまったく違う心 
 (荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険 Part7 スティール・ボール・ラン』22巻)

 この言葉は、戦争で捕虜になって拷問を受けたが、国・家族を守るために仲間の情報を漏らすことを拒否して死んでいった父親を指してのものです。「戦争」に関しては否定的な意見を書く私ですが、この言葉だけは、心を揺さぶるものがあります。ここには否定し難い神聖さが潜んでいる。

 私は「家族」というものが、人間にとって最も重要になるものだと考えています。もし「無批判に肯定される価値観」を「信仰」と呼んでいいのなら、私の中で「家族」は「信仰」に近いものを有しています。これはもはや狂信に近いのかもしれない。
 これをちょっと理論的にカモフラージュすれば、私は直感的に、「3」に対して特別な意味を見出しています。例えば、点は2個だと線しか作れないが、3個になれば図形をつくることができるようになる、また、物質の最小単位たる素粒子は全て3世代あるとされている(小林・益川理論)。だから、人間が認識しうる世界の基本は、「3」からスタートしているのでないかと思うのです。2から3への変化は、その他の変化よりも明らかに劇的なものがある。
 そして、父親ー母親ー子という「3」のグループ=「家族」こそが、社会的生物動物と言われる人間にとっての基本となるのではないかなと、このように考えています。
 ただ、父母子で「家族」という区分自体、普遍的ではなく、「核家族的家族観」とでも言うべきなのでしょうが……(多夫多妻はいわずもがな、なんかの授業で子をなぜか母親の家で育て父親は子にほとんど会わない民族もいると聞いた)。だからこれは「信仰」と言われても仕方ありません。

 こうして「家族」にあまりに強い思い入れがあるせいかもしれませんが、私は冒頭の言葉を読んだとき、心を揺さぶられると同時に、それと同じくらいの強度で、「家族」というものを侮辱されているように思う。それは、「戦争」の中で「家族」が語られているからです。
 私にとって「戦争」の中にあるものは皆クソッタレ(Now we are all sons of bitches)です。これは何回か述べたことだと思うので少し理由を言えば、紛争の解決手段としては、当事者の話し合い・第三者の仲裁・権力による強制といった平和的手段が発展して来たにもかかわらず、国際的には平和的手段が調えられず、未だに武力による殺し合いという原始的手段をとっていることが、とても阿呆らしく思えるからです。人類はこと戦争に関しては愚かな道をたどったと言わざるを得ない。いっそのこと射的大会で戦争の勝敗を決めたらいい、コインの裏表でもいい(適当)。戦争に参加した国との国際的貿易を禁止するとかしてみたらいい(ちょっと真面目)。兵器なんか躍起になって開発した奴は本当に馬鹿だ。貨幣を開発した人の爪の垢を煎じて飲んだ方がよい。
 だから、家族のため戦争で命をかける美徳を説かれても、「家族」なんてクソッタレだ!と言われているように感じてしまう。そもそもこの二つをつなぎ合わせること自体、自分の大切にしているものを「そんなガラクタ捨てちまえ!」と罵られたようで嫌な気持になります。「家庭の幸福は諸悪の本」(太宰治『家庭の幸福』)という逆説は、私には耐えがたい。

 ということで信仰告白みたいになりました。しかしながら、ここに書いた内容を読み直してみると、自分でも過剰な反応、一種の被害妄想だなあと思います(タイトルは私から私に対する皮肉のようなものです)。まあおかしいと思ってもそのように感じる以上どうしようもないのですが……。不快に思った方がいたらすいません
 次もちょっと『スティールボールラン(SBR)』に関連したことを書きます。

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